1年の後半戦を意識する季節になりました
7月になりました。
2026年もいよいよ後半戦に突入するという現実に、少しばかりの目眩を覚えています。
時間の流れの早さと、それに伴う「変化」について、ふと考えさせられることがあります。
「わかる」と「できる」の間
社内でMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)に関するセッションを行ったり、あるいは共通の課題図書を読んだりする機会を定期的に設けています。
そんなとき、多くのメンバーが素直に内容を受け入れ、理解を示してくれていると思います。
一方で、その「理解」という言葉のあとに、実際の日常の業務や、個人の行動が目に見える形で変化しているだろうか、と自問してみると、必ずしもそう言い切れない瞬間があることに気づかされます。
頭での理解は完璧なのに、なぜ実際の行動へと滑らかに接続していかないのだろうか。
最近、実験を兼ねてAIにこの素朴な疑問を投げかけてみたことがありました。
「人はなぜ、理解しているはずのことを行動に移せないのか」と。
すると、理解というプロセスにはいくつかの深い段階(グラデーション)が存在すること。
単に言葉の意味を知っているだけの状態から、それを自分の文脈に落とし込み、実際の身体的な行動として出力できるようになるまでには、私たちが想像している以上に大きな隔たりがある。
なるほどな、と妙に腑に落ちるものを感じたのです。
デフォルトは、変わらない
私たちは、新しい概念や素晴らしい考え方に触れた直後、一時的に「自分たちが新しく生まれ変わったような感覚」を抱きます。
しかし、人間の脳や習慣というシステムは、私たちが思っている以上に強固な「初期設定(デフォルト)」を持っています。
一回本を読んだり、一度セッションで対話を交わしたりしたくらいでは、長年培われてきた行動のOS(基本ソフトウェア)はびくともしません。
日常の忙しさというノイズに揉まれているうちに、知識のソフトウェアは徐々に揮発していき、気づけば誰もが慣れ親しんだ元のデフォルト状態へと、自然に、かつ無意識のうちに引き戻されてしまう。
それが人間のごく普遍的な構造なのだろうな、と感じています。
だからこそ、ただ「知る」だけで終わらせないための、もう一歩先の仕組みが必要になります。
それは、単なる知識のインプットではなく、実際の業務のなかで「体験」し、「対話」を重ね、その行動が持つ「意味」を何度も自分たちで定義し直すという、ある種アナログな反復のプロセスに他なりません。
システム開発に喩えるなら、要件定義書(MVVや計画)を綺麗に書き上げることと、それを実際に動くコードとして実装し、本番環境で運用し続けることほどの違いが、そこにはあるのかもしれません。
未来をつくるのは、今日の行動
今回、社内に新しく「予実管理システム」の開発を進め、導入してきました。
このシステムを通じて本当に可視化したかったのは、単なる売上の予測値や、プロジェクトの進捗度合いを示すデジタルデータではありません。
本当に見たかったもの、それは「自分たちで作り出す未来」そのものです。
未来の不確定なリスクをあらかじめ予測して視野に入れておくからこそ、「では、今日という日に、私たちは具体的にどういう行動を取り、どの課題を解決すべきなのか」という、現在の行動を正しく導き出すことができる。
経営の舵取りも、日々のエンジニアリングも、本質的な構造はまったく同じではないでしょうか。
私たちが掲げているMVVも、決してコーポレートサイトを飾るための綺麗な記号ではありません。
それらはすべて、未来の特定の局面(特に、困ったとき)において、私たちの「今日の行動」を選択し、迷わずに行動できるために存在しています。
理解した、という心地よい満足感から一歩外へ踏み出し、実際の行動の形として社会や顧客へ届けること。
それが、みんなの未来の景色を少しずつ変えていく唯一の手段なのだろうと思っています。
おわりに
分かると出来るの隔たりを超え、自身のデフォルトに意識を向けること。
今月予定されているMVVセッションが、美しく誠実な仕事への小さな変化の起点となる場になったらいいなあ、と思いながら。
皆との対話を楽しみにしています。


